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自分が育った街を見ながら…

山からの景色は自分が育った街が見渡せる場所でした・・・
景色の良いところでした。
遠くに工場地帯の明かりや煙突からの煙が見える場所で、
その先に瀬戸内海が広がっています・・・
瀬戸内海の島々の向こうには四国が見えます。
鳥たちのさえずりも聞こえます。
天気の良い日でした。

前々から用意していたロープを取り出し、あの木の太い枝がいいな・・・
車の中で音楽を聴きながらロープの結び方などをイメージしながら自分があの場所で・・・
自分のその後の姿を想像している時間だけが過ぎていきました・・・
何時間過ぎたのかもわかりません。
自分が育った街を見ながら最後を迎えるのも悪くない・・・
自分に言い聞かせるように・・・

一通り音楽を聴き終えると「さて始めようか・・・」という気持ちになりました。
遺書は嫁さんと子供2人分と両親にあてたものを用意していました。
もう、覚悟はできていました・・・

木にロープをくくりつけ、輪っかを作り準備が整いました。
タバコを1本吸って輪っかに首を通しました。これから死ぬんだと思いました。
不思議と全く怖くはありませんでした。むしろ、自然の流れのように感じました。
そして、踏み台にしていた大きな石から足を外しました・・・

ドスン!と倒れ、見るとロープの結び目がほどけていました。ロープの縛り方が甘かったようです・・・
その時、なぜだか解りませんが、「もう少し、図太く生きることができたら・・・」
頭の中をその事だけがよぎりました。涙が止まりませんでした・・・
その頃の僕は本当に精神的に弱っていたのかもしれません。

しばらくその場で涙を流しながら呆然としていると、人の気配がしたので、慌ててロープを隠しました。
「もう少し図太く生きることができたら・・・」という思いは、
まだ、自分は「生きていたい」という思いの表れだったのかもしれません・・・
うつ病はいつかは治るんだ!と誰もが言います。
それでも、辛い現実の中で毎日過ごす事はとても力を使っているように思えます。
少しでも、その力があるうちは頑張りすぎないように頑張っていこうと思います。

僕が、育った街を見ながら「もう少しだけ頑張ってみよう・・・生きてみよう・・・」と思いました。
希死念慮が無くなったわけではありません。
精神的な不安から死にたいという波はやってきます。
2回の自殺未遂をしながらも、今でもうつ病と向き合いながら戦っています。

鬱になった理由から長々と書いてしまい、読んでくれた人も呆れていることと思います。
ただ、自分自身がうつ病になって感じた事や思ったことの経緯を自分の中で整理したかったので、
長い文章になってしまいました。

これからは、日頃うつ病と向き合っている日々の生活について書いていこうと思いますので、
お付き合いください。
読んでくれた方々に感謝です。



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テーマ : 生きること
ジャンル : 心と身体

自殺未遂・・・そして入院

前回の続きです。自分が経験した話ばかりで、読んでいる人もつまらないと思うかもしれませんが、自分の気持ちを整理するために必要なことなので、重い話ですが、続けていきます・・・

気付けば、天井が白かったです・・・ここはどこ?あれ?・・・死んでないの?
僕は3日間病院のベットで意識がなく寝ていたそうです。(自分では記憶がない)
テレビのサスペンスものなどで、よく睡眠薬を使って自殺や殺人が起こっていたので自分自身も、多量に睡眠薬を飲めば死ぬことが出来るものと単純に思っていました。さすがに150錠もの睡眠薬を飲めば楽になれると思っていましたが、嫁さんが言うには、睡眠薬を大量に飲んでも死ねないそうです・・・目が覚めて、頭の中が、ぼぉ~とした状態で「死ねなかったのか~」と悔やみました。
それ以上の考えは全く思い浮かびませんでした。
その日のうちに精神病院を紹介され、即日精神病院に入院と言う事になりました。

精神病院では、携帯電話も取り上げられ、エレベーターやドアまで鍵がかけられ、自分のいるフロアーから全く出れない状態にされていました。いわゆる閉鎖病棟でした。入院して2~3日は睡眠薬の影響もあってか頭がぼぉ~として、体もあちらこちらが痛く死ねなかった脱力感だけがありました。もう、何も考えられませんでした。
それでも何もすることもないので、暇さえあれば、タバコを吸うエリアがフロアー内にあったのでそこにずっといて、タバコを吸っていました。タバコを吸うにもライターは取り上げられていたのでタバコに火をつける為の特殊な機械?があってそれを喫煙者が順番に使って火を点けていました。煙草を吸うエリアは狭かったので、喫煙者同士自然と話をするようになりました。
同じフロアーの患者たちは僕みたいに希死念慮をもっている鬱の人だけではなく、不安障害や統合失調症・躁鬱など様々な症状を持った人たちも一緒でした。僕は一人で、廊下にあったベンチに座っていることがなんとなく落ち着いて、そこにいることが多かったのですが、そのうち他の患者さんたちとも日に日に話をすることも多くなり、お互いの病気の話や、生活のこと(生活保護の話なども含む)・彼氏や彼女のこと・家族のことなどよく話をしました。そんな中、障害年金というものがあるという話を聞きました。
まともに仕事も出来なくなって死ぬことばかり考えていた時だったので、もし申請が通れば・・・少しだけ希望が湧きました。
自分自身も一人ではまともに生活することも出来ない状態でしたし、食事や薬の管理などあらゆること全て、病院まかせになって生きていました。ただ単に、生きているという状態でした。睡眠障害や希死念慮・精神的な落ち込み・急な興奮・自分で考える力がないなど様々な症状に悩まされていました。
今までとは違った自分が思い描いていた人生とは、程遠いものかもしれないけれど、それでも家族が生活する為には障害年金の申請がおりたことは本当にありがたかったです。もちろん、病院の先生やケースワーカーさんそして嫁さんの努力のおかげだと思っています。

閉鎖病棟には3か月いましたが、少し落ち着いて調子がいい時には、院内の外出も数時間だけ許され、中庭のベンチに座って季節を感じることが楽しみになりました。季節は秋になっていました。生きてるんだなぁ~と思える瞬間でした。
4か月目に入ると閉鎖病棟から一般病棟に移ることが出来ました。(なぜかアルコール病棟)その頃には普通に外出も許され散歩も自由にできるようになりました。近くの河川敷を散歩するのが日課になっていました。
精神的にはまだまだ不安があり、不眠症などの症状もありましたが、傷病手当の満期に伴い、経済的にも入院費が負担になり始めていました。そのこともあり、先生とも相談して退院することになりました。
退院後、間もなくして会社から連絡が入りました。総務部の部長と話し合った結果、これ以上会社を休むこと、また、現場復帰できない体調であることなどを伝え、会社を辞めることになりました。会社規定の療養期間満了と言う事で解雇と言う事になりました。
無職になった後の話はまたにします。
読んでくれた方々に感謝です。



テーマ : 薬・医者・病院等
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

SAKURA FUBUKI

Author:SAKURA FUBUKI
今、生きてるよ!という思いでこのタイトルを付けました。
40代のおじさんです。
日々うつ病で苦しんでいます。うつ病と向き合うために自分の気持ちの整理も兼ねて、同じうつ病で苦しんでいる人達にも読んで貰いたくてブログを始めました。
自分自身の記録として、将来「こんな時もあったよなぁ~」と家族で笑える日が来るといいなぁと思っています。(いつになるか解りませんが…)
読んでくださった方々に感謝です。

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